誰かのためにある思い

 

昨日は、朝から他社の社員研修に混ぜていただいて勉強していたo.a.k hair designです。

 

普段のサロンワークでは、

お客様との会話の中で、自分とは全く違う価値観に「へぇー」ってなっていたり、

似ている価値観や思いに共感して「ですよねー」ってなったり。

 

人は育った環境や、今所属をしている環境に、流されやすい生き物なのだ

自分を含めて考えさせられる時があります。

 

 

昨日の社員研修では、

初めてお会いして会話をする方の、産まれてきたときに自分はどんな人間になるかを設定したとしたならば、それはどんな設定か?

それによって起こる日常の悩みを聞きました。

 

私は、職業柄お客様の話をじっくり聞いているタイプなので、

こんな場でもただ黙って聞いてしまっている自分がいます。

 

だから、その時発表していないけど、恐らく私の設定は、

「相当な人見知りであること」

「プライドは相当高め」

が現時点で真実だったので、

心を完全に開けず言えなかったというところに、

人見知りであるということとプライドが高め設定が反映される結果になりました。

 

 

周りの方の設定に対する悩みは、

「誰かを傷つけるかもしれないから、言いたい事を我慢する傾向があります」

とか、

「ついつい周りよりも先に動いてしまって、周りの人をダメ人間にしてしまう」

等々。

 

「誰かのために〜する」思いが多くて、

ものの考え方の矢印が、他人方向なんだーって感心しちゃいました。

 

 

私は割と、自分方向の悩みが多い

 

 

人見知りとかプライドが高いのは、

私自身を何かから守ろうとしているように思うから

 

だから、人に対してもわざと傷つけるようなことも言って吠える時もあるし、

腹が立てば体全体で怒りを表現する時もあります。

 

 

そう、大人気ない人間なのです。

そこに、誰かを傷つけるかも知れないから、言いたい事を我慢する

なんて言う、一見優しい誰かのためにある思いなんて、今の私にはありません・・・。

 

そんな事して、誰かを守っても私自身が癒されないし。

癒されてないと、他人になんて優しくできないし。

 

 

誰かのためにある思いは、

自分のためにある思いに集中しても良いって、私は思う。

 

 

じゃあ、私は何から自分の身を守っているのか?

というと分からないけど、

被害妄想にも似た感情をこれからもまだ楽しもうと思います。

 

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